タイ旅行記

< パンガン島の天国と地獄 >

喧騒の大都市バンコク
のどかなコサメット
深夜バスで12時間フェリーで2時間のココナッツアイランド コサムイ 
コサムイからさらにボートで1時間
フルムーンパーティで有名なヒッピーアイランド コパンガン

タイの旅はとにかくどこにいっても刺激的だ
どこにいってもナンパな男と不思議とどこにでもいるゲイボーイと
親切な人なのか変質者なのか分からないほどなれなれしい人達との
精神的な攻防戦が旅の間中続くのだ
そんな中で本当に純粋に親切な人との出会いもあって
誰をどれだけ信じるかはほとんど動物的カンによるところが多い
 旅先で自分を守るのは自分だけだという危機感を持ったのは
タイの南のまだ開発されきっていない小さな島 パンガン島でだった

 満月の夜 夜明けまで続くオンザビーチのレイブパーティー
まだ暖かい砂浜で満点の星や黄金に光る月をみながら踊る
そこには国籍も性別も他人も友達もない 不思議な陶酔と熱狂があった

パブを経営する陽気なタイ人のおじさんが
パーティー会場を知らなかった私たちを
ビーチまでエスコートしてくれた
この島での流儀とかを色々教えてくれたりもしていたのだが
彼はアルコールが回り始めると私たちを離してくれなくなった
なんといってもビーチには何千人もの人が踊っているのだ
そのあぶないおじさんから逃げるのは簡単だった

ビーチでは人がひしめき合って踊っている 
こんな中ではバッグが心配だと思ったので
私はDJブースの後ろのキャビネットにバッグを隠しておいた
ビーチで踊って 月や星を見て 色々な国から来た旅人達と笑い合って
疲れたらそのままビーチで寝てしまえばよかった

翌朝 
海から昇る太陽に照らされた何千人もの人達が
まるでビーチに打ち上げられた死体のように累々と横たわっていた
朝日を見ると神聖な気分になるのはどこの国の人でも同じようだ
気功をするオージー 
祈り始めるタイ人
瞑想するヨーロピアン
何でもアリだ 
心のガードがとれて昔からの知り合いのように
見知らぬ国の見知らぬ人と”おはよう”と言い合う瞬間

”おはよう 良い朝だ 昨夜はハッピーだったかい?”
”ハッピーだったよ あなたは?”
”もちろんさ 次のフルムーンで また”
”また”


美しい朝を迎えたハッピーな気分があっという間にうち砕かれたのは
その直後だった
”ない!”
キャビネットに入れておいたバッグがない!
まだとぎれることなく回し続けているDJに”私のバッグを知らないか?”
と尋ねてみる
彼は さもなんでもない事だというように
”君と一緒にいた男が持って行ったよ”と言った
 やられた!  隠す所を見ていたんだ
ひょっとしたら始めから
隙をうかがっていたのかも知れない
 でも手がかりはある  彼のパブに行ってみよう

昨夜と打って変わって静まりかえった店内に 
”ここでバッグを開きました”というように
日本製のボールペンが落ちていた
なんてわかりやすい手がかりなんだ!

 この分じゃあのオヤジの家はこの近くかもしれない 
と店の裏に回り込むと木造の小屋のような家が1つ
とうぜん鍵はかかっているが中からかすかにテレビの音がする
声をかけるが応答がない
木の扉を蹴り上げると いとも簡単に開いてしまった

テレビの音のする部屋に行ってみると
、、、、、、、、、 ”ビンゴッ”
間違いなく昨夜のオヤジだ! 

祝杯を挙げすぎたのか酒瓶を片手に寝ている
枕元にあるのは どう見ても私のバッグだった
私がバッグを手に取ったとき オヤジが目覚めてしまった
何がなんだかわかっていないようだ 困惑して言葉も出ないでいる

”これは私のバッグだから返してもらうわよ 
私の代わりに管理していてくれて
どうもありがとね” と嫌みの1つも言ってやった
するとそのオヤジもしゃあしゃあとしたもので
”あんな所にあっては危ないと思ってぼくが持っていてあげたんだ
なーに 礼はいらない” ときた
”(危ないのはお前だよ!!!)”と思いながら

”じゃ 次の満月に”
”ああ 次のパーティに”

実は内心ひやひやものだったが 事件は平和的に解決した
”ああ 勉強させてもらった” という感じだったが

後で友達に言われたこと
”ねえ 警察に言うべきだったんじゃない?”
”あ そうか”
”一歩間違えたら殺されてたって文句言えないんだから”
”それもそうだ これからはそうしよう”

壊した戸のことを家人に知られる前に足早に逃げた
(なんで私が逃げなきゃいけないんだと思いながら)

 だがこの後 いかにタイ警察があてにならないかということを
私は身をもって知ることになる


今度のコテージは人里離れた山の中腹にある
景色もよくてビーチはプライベートビーチも同然だ
この際 電気は自家発電で頻繁にストップし シャワーの水は
汲み上げた海水だということはたいした問題じゃない
これで 一泊2人で500円程ならば上出来だ

問題はここまでの舗装されていない複雑な山道と
下界への交通手段が唯一レンタルバイクだということだ
自分の体の2倍ほどもある旧型のバイクをフラフラしながら
運転するのはツライ
 途中いくつもある大きな穴にはまり転倒すること数回

 タイではバイクのレンタル料は安いものだが壊したりすると
タイ人が払う料金の何倍もの額を請求される
 帰りはこの山道をバイクを押して帰ることにしよう
こんな道 私にはムリだ
 
そして帰り道 陽は傾きかけ 周りはジャングルだ
どこをどう走ってもコテージは見えない
 私は完全に道に迷っていた

山道にぽつんぽつんとしかない民家に助けを求める
バイクを持っている男達が総出で道をリードしてくれる
タイの男の過剰な親切もこういう時には胸にしみ入る
5台のバイクに見送られなんとか見覚えのある道を発見できた
ここからコテージまでが舗装されていない急斜面なのだ
迷ったせいでもう薄暗くなりかけている バイクを押して行ったら
何時間かかることか、、、、

 途方にくれていたら後ろからバイクにのった若者が近付いて来た
”君にこの道を登るのはムリだ 僕がコテージまで乗せていって
あげよう”と言う
”君のコテージのスタッフも僕は知っている
 友達だから帰りは彼のバイクでここまで送ってもらうよ”

なるほど合理的だ 私は助かるし 彼も友達に会うついでだと言う
どう行ってもこの道の先はコテージだし
お願いしよう! バイクも壊したくないし

しばらく彼はあれやこれやと私のことを尋ねてきたが
適当に返事をしている内に”今夜遊びに行こう”
とか”コテージに迎えに行く”
とか言い出してきたので誘いにいちいち”ノーサンキュー”と
繰り返していたら 
そのうち何もしゃべらなくなってしまった
 ”しまった 怒らせちゃたかな”と思い彼に話しかけようとした時

突然彼はすごい段差を物ともせず道を踏み越え
ジャングルの道なき道に踏み込んでいった

”どこにいくの?コテージはこっちじゃないよ!”と怒鳴ると
”心配ない 近道だ”と言ったきり口を利かない
さらにジャングルの奥へ奥へと入っていく

さすがにこれはやばい!と思った瞬間
 突然バイクがガクッと止まって前に進まなくなった 

足元を見て気が付いたが
いつの間にか降りていたスタンドが倒れた木にひっかかって
進まなくなっていたのだ
彼がそれに気付かず バイクから降りようとした時
私は”いまだ !”とばかりに 彼を蹴り上げていた

それからの私の行動は素早かった 
倒れたバイクに飛び乗り元来た道まで出て
こんな道私には絶対ムリと言っていた道を
1つも穴にはまることなく
究極の集中力で駆け抜けた

宿に着くなり私は倒れ込んだ なんだか悪い夢を見た気分だ
心臓がまだバクバクしている
驚いてやってきた宿のオーナーに
”あんたの友達は何なんだ!”と問いつめたところ
そんな友達はいないと言う 

彼の言っていたことは始めから全部嘘だったのだ
”騙された! 私がバカだった” と思ったら力が抜けた
もう ホントに今度という今度は 警察だ!

オタク女の強みでかなり本人に近い似顔絵も描けた
名前も覚えている(これも嘘でなければだが)
小さい島だ 犯人はすぐ見つかるだろうと思った

宿のオーナーも”悪質すぎる! こっちも観光で食っているんだ
こういうヤツは早めに懲らしめないとだめだ”とご立腹だ

やってきたのは私よりはるかに若い まるで少年のような警官が2人
”貴方は日本人ですか? 大変なめに会いましたね タイの男が
みんなこうだと思わないで下さい”
口々に慰めの言葉をかけてくれる
”ありがとう もう大丈夫です これ私が描いた犯人の似顔絵なんですが”

彼らから帰ってきた言葉はこうだった
”ところで今夜遊びにいきませんか?車でここまで迎えに来ます”

私は全てが信じられなくなっていた

この事件から私が島を出るまで2ヶ月近くあったはずだが
始めからやる気の感じられなかったタイ警察は犯人を捕まえなかった
それだけならばまだいいが(いや よくもないが)

 私と友達が家族ぐるみでお世話になった
ご家庭の1人息子を私のボーイフレンドだと勘違いして
その息子を賭博の容疑で逮捕して見せるという暴挙にでた

筋違いの所に恐るべきやる気を見せるタイ警察
そのメチャメチャぶりはハッキリ言って神奈川県警並みだ

この時期に私がもし”踊る大捜査線”を知っていたなら
遠く タイの離れ小島からでも 日本の方向に叫んでいただろう
”室井さん こんな奴ら粛清しちゃって〜”
”青島君 犯人捕まえて〜”   と

これから学んだことは権力を持った馬鹿者は
ただの変質者より怖い ということだった






<  サムイ島の不思議少女 >

島にきてすぐに友達になった少女がいる
”ファーイ”という6歳の女の子
母親のレストランを手伝っていた
 片言の英語を話し
白人達からもかわいがられていた 

そういうインターナショナルな環境で育ったせいなのか 
まるで大人のような眼で人を見る子供だった

 ある日ファーイが私たちの絵を描くと言い出した
ファーイの描いた2枚の絵の 私の友達の方は後ろに花が描かれていた
そして私の絵の方はというと どうみても鬼の角としか思えない
2本のとがった物が3つ 描かれている

”ファーイこれはなに?”と聞くと
”悪いものだ”と言う

”どーして友達が花なのに私が悪い物なのよー むかつくー”
と言っていたものの しょせん6歳の子供の言うことなのだと
思ってその時はすぐに忘れてしまった

さすがに盗難やレイプ未遂事件(もしくは強盗目的だったのかも
知れないが) などが続きさすがに疲れ果てていた時
友達が持ってきていた本の中に”般若心行 ”というのがあった
これは短いお経ながらも大変奥の深いもので
何度もなるほどと思って読んでいる内に覚えてしまった

 人の心には三毒といって”怒り 貪り 愚かさ”があり
これが人生を不幸な物にしている3つの要因なのだという

般若心経を完全に覚えてしまったある時
ハッと気付いたことがあった

考えてみれば私はこの島で3つの大きな事件を体験している
それはまさしく私の心の”怒りと貪りと愚かさ”を3次元に具現した
かのような出来事だったのだ
私の後ろに鬼がいたとしたらそれは私が知るべき3つの”業 ”
だったのではないか と

 明日にはバンコクに帰るための船に乗るという日に
私はまたファーイに会いたくなった

お別れだという事を告げた後 私はもう一度ファーイに頼んでみた
”もう一度私の絵を描いてくれないか”と

大人みたいな眼をして彼女は言った

”描かない”
”貴方にはもう 何も ない”

この子に本当は何が見えていたのかは知らない

それでも私は少しの心の痛みと沢山の学んだことをお土産に
島を出る船に乗った
”この島がこれ以上開発されなければいいのに” という
旅人の勝手な感傷に浸りながら






< ホアヒンのサイババ信者サミュエル >

喧騒のバンコクからタイ人の海水浴客で賑わう
チャアムビーチに移動した
 どうも湘南海岸のような素朴な賑やかさに落ち着かず早速
次のビーチ ホアヒンへ

ホアヒンは名物のシーフードは高いしビーチは狭いしで
タイ南部の島々 サムイ島 パンガン島 プーケット島などと
比べると今ひとつトロピカルムードに乏しい
早々に移動しようと思ったもののチャアムよりは落ち着いた風情があったので
とりあえず水上コテージを2日間キープすることにした

 お隣のコテージのご家族にまずあいさつ
旦那がオーストラリア人で奥さんがタイ人とタイではよくある
組み合わせであったが一風変わっていたのは2人そろっていかにも
ヒッピーという格好をしていて南部の島ならともかく ここホアヒンでは
ちょっと目を引くカップルだった
 ご主人とコテージのデッキで立ち話をしていたところ
彼の首と手首が日本のエスニックショップでもすっかりお馴染みになった
”サイババ”のアクセサリーで飾られていたことに気付いた
”あっ!サイババだ”と私が興味を示すと
”お前はサイババを知っているのか? コテージに来い!
私の祭壇を見せてやろう”と言ってくれた
奥さんも”驚くわよ”と言いながら誘ってくれたのでおじゃまする

隣の私たちのコテージと同じ作りの狭さだったが違っていたのは
彼らは6ヶ月の長期契約らしく内部のインテリアを
すっかり彼らの流儀でインド風にアレンジしていた
彼らのベッドの枕元の壁に小さな祭壇がしつらえてあり
そこにはサイババが右手を上げて微笑んでいる
お馴染みのポストカードが飾ってあったのだが、、、、、、


”  えっ、、、、、、? ”

私は眼を疑った 
そこにはテレビのスペシャル番組で見たことのある
サイババが物質化するという”聖なる灰 ビブーティ”が
噴き出していたのだ

”うそおー!”

思いっきり日本語で驚きの声を上げると
サミュエルさんは”もっと近くで見てもいい”と言う

まじかで見たそれは なんと言うか 見事に不思議な粉だった
サイババが顔の前に掲げた右手の
こちら側に向けられた手のひらから それは噴き出していた
手のひらの中心がやや厚く付いており 放射線状に薄くなっていた
まさしく手の中心から湧き出して周りに広がっていったというように

”サミュエルさん すごいよ! これは、、、、ミラクルだよ!”
噂に聞いていたビブーティを見た興奮で私は”信じられない” を連発した

テレビではこの物質化はサイババ本人でなくても
彼を信仰しているピュアなエネルギーの高い人の周囲でも
起こる現象らしい

サミュエルさんは驚く私に オーストラリア人の自分がなぜ
サイババ信者になったかと言うことを話してくれた

 ”ビブーティが出たことがミラクルなのではない
サイババを信仰したことで自分が自分の人生を変えられたことが
ミラクルなのだ”

”私はオーストラリアでは若いときからアウトサイダーだった
ちょうどマッドマックスに出てくる悪役達のような生活をしていた
だがずっと心は満たされたことがないと感じていた
 そしてサイババを知って私は変わった
 今は朝日とともに目覚め
家族と一緒に瞑想とヨーガをする
オーストラリアと比べたら物質的には何もない生活だが
私は今の暮らしで心が満たされている
この感動に比べたら物質的な奇跡などはどれほどのことでもない”

私はサミュエルさんの言葉にただただ感動した
電化製品が1つもない狭いコテージの豊かな生活
 この物質化現象が遠いインドの聖者サイババの力なのか
それとも悟りに近付いたサミュエルさんのピュアなエネルギーに
よるものなのかは判らないが

お別れの時にサミュエルさんは自分が大事に持っていた
サイババのポストカードのうちの1枚を私にプレゼントしてくれた

”あなたの人生が良いエネルギーで満たされますように”
という言葉とともにもらったカードは
今も私の部屋に飾られている
5年経った今も1粒の粉も出ないのはご愛嬌というものだ

この体験があったことで 後に私もヨーガを始めることとなった
実家の松本で某カルト教団の起こした事件があったため
インドかぶれな格好の私が警官に職質を受けるなど
弊害も多々あったが サミュエルさんとの出会いがきっかけで
はじめたヨーガのおかげで長年の原因不明の体調不良が改善された
間違いなく私の人生は以前より良いエネルギーで満たされている






< 1999年11月 タイ旅行記 >
         
90年代最後の旅は10年ぶりの香港と
10ヶ月ぶりのタイ旅行だった

今回も私はバックパック一つ背負った貧乏旅行者なので
やたらと物価の高い香港では”監獄か鳥小屋”と
悪名高い格安旅舎しか 泊まれるところはなかった
タイやバリでは500円以内で泊まれるであろう
3メートル四方の部屋が2000円もすることにまずムカツキ 
そのあと部屋で読んでいた”地球の歩き方”に
”特にお勧めしない宿”として
この旅舎が掲載されていたことにまたムカツいてしまった

10年ぶりの香港は以前より人々が忙しくせわしくなってて
機能的な中にもアジアの猥雑さがあるのが面白かったのに
街にしても人にしても世知辛くなってて残念
 たった1つ変わっていなかったのは安くて汚い 地元の人向けの
鳥料理の店のローストダックとお粥の美味さ!
物価がどんなに上がってもこれだけは変わらないのが救い

 早々にタイに脱出しヒッピー旅行者の聖地カオサンに
ツインで900円の定宿に3品食べても200円位の屋台飯

 ああやっぱタイはいい
私好みの猥雑さと喧騒と自由でいいかげんな
タイ人の気質が私に合っています
なんといっても街中に10メートルに1人くらいの
高濃度で発見できるオカマちゃんの数の多さ!

これは私には嬉しい限りです
 タイではゲイというものはいてあたりまえなモノなので
男子高校生がミニスカートをはいて通学していても誰も注意しません
本当に自由な国ですねー

今回もいいかげんなタイ人のいいかげんさ振りを
良くあらわす看板の数々を見て大受けしてしまったので
書き残しておきましょう

 まず”おしいっ”ってところでは
”ワットポー認足者による的確なマッサージをどうぞ”です
 カオサンでもけっこう目立つ大きい看板ですが
何年経っても”認足者”を”認定者”に改めようとしません

タイスキレストランでは”おやじ食べ放題”
という看板が”おじや食べ放題”の間違いだと指摘する者もいません

そして今回のヒットは通りでもらった新レストラン
オープンのチラシです(英語とタイ語と日本語で書かれていた)
”交通の便が良いが 味が悪い! オススメします!”
という力強い日本語で書かれていたチラシは
日本に持ってきて”バウ”に投稿するべきでした
 捨てたことを悔やんでいます

なんにせよタイは飽きない国です 
いいかげんで優雅で
人懐っこいけど 自分主義
ドライな個人主義と優しい人当たりが共存してて
疲れるけれど 人間って面白いと
思わせてくれます

日本ももっと 自分に優しく生きるという意味で
いい加減になればいいのに などと思いながら
帰りのキャセイパシフィックで上映されていた
”ハムナプトラ ”(原題はザ、マミー ”ミイラ”という意味)
というビデオを楽しんで帰ってきたら
日本の週刊誌はミイラ騒ぎ一色!

オウムの次はグル高橋とかいうのが出てきたらしく
やっぱ 日本がある意味一番歪んでて面白いのかなー
 などと思ってしまいました




タイ編  END




宇宙