バリ島編




とにかく旅なら亜細亜が好きだ
初海外旅行が香港で
(そうあの映画ブエノスアイレスの世界ですよ!)
あの喧噪と猥雑さ上品ではないが日本の比ではない
生命力の強さなどの
混沌としたオーラにあてられて 
それ以降の貧乏バックパック旅行もかれこれ
30数回になるがほとんど亜細亜だった

 思想的にも西洋主義的合理主義より
東洋思想のほうが数倍進んでると思うし
本当に大事なことは日々進化するテクノロジーや
乱立するファッションビルじゃなく
亜細亜の田園風景やプラスチックゴミの
浮かんでいない透明な海の中にあると思っていた

それでも私の愛するバリは渡航を重ねる度に西洋文明化していく

神への供物を捧げる祠のかわりに
巨大ショッピングセンターが建ち
観光地であるクタやレギャンには
バリアンと呼ばれる呪術師達はいなくなった

内陸部ウブドに初めて滞在した時 
ウブドにはまだ街路灯もなく
私のいたコテージには蛍光灯もなくてあたりまえ
真の闇に包まれたコテージでランプの光だけを
頼りに読書をしていた

隣のコテージからオージー達がくゆらすマリファナの煙や
南国の甘い花の香りと一緒に ぬるい風に混ざって
遠くからガムランの音が聞こえて来る

夢か現か分からなくなる一瞬

この島では音楽や舞踏や絵画など
全ての芸術は神に対する捧物なのだ

島を覆う濃く甘い空気と深い闇の中に
ゆったりと横たわる聖獣バロンと魔女ランダ
そして様々な精霊達の気配
間違いなくここに気配だけで存在している物達のざわめき

バリに来る度に物質よりもっと微細な物の存在を
感知することがある
バリ島名物ブラックマジックにかかった
日本人女性の話なども聞いていたし
実際そうゆう人に会ったこともあるが 
この島の空気の濃さが 
霊的な物の存在を助けているのだろうか

 ”まのとのま”とゆう マンガ家のお二人が
書いたバリのガイドブックの中に
同じく同行してたマンガ家のカトリーヌあやこさんらと共に
誰もいないはずの場所で 
なにかにインドネシア語で話しかけられた
とゆう記述があって驚いた

 それは私が6度目 にバリを訪れたときに
起きた出来事と同じだったからだ

私と友人の泊まっていたウブドのコテージのテラスで
いつものように寝る前のヨガと瞑想をしていたときのこと
(時間的にはもう12時を回っていたと思う)

そのコテージの宿泊客は私たち2人だけで
テラスの前には広い庭があった

椰子の木が夜風に揺れていた
聞こえるものといえば椰子の葉のざわめきと虫の声だけ

 深いリラックスの状態に入っていた時
 ふっと 私の頭の左上から
声が降ってきた 男の人の ため息のような声が
それは ”シンハー” ”シンハー” と 
2回繰り返された
驚いて目を開けてあたりを伺うが
 同然 誰もいない

すぐ近くから聞こえたような気がしたけれど
 不思議と怖いという感じはしなかった 
できるならもう一度きかせてくれと思ったけれど

翌朝 
テラスにフルーツとバリコーヒーの朝食を運んできてくれた
2人の宿のスタッフに”これはインドネシア語で
どういう意味になるのかと聞いてみた 

発音が違えば意味も違ってくるので彼らも色々考えていたが
”シンバヤー”であれば ”祈り””瞑想”
という意味になるし
”シンハー”であれば”獅子 ライオン”のことだ
 と教えてくれた

それにしても私が瞑想しているときに
”瞑想”と言っていたんだとしたら
出来過ぎだから それは違うだろうなと思ったのだ

ともあれそれで私は2つのインドネシア語を
新たに覚えることができた

その日の夜 例によって友人のほうが早々と眠ってしまった為
昨夜と同じに私はテラスで瞑想に入っていた

葉のざわめきも虫の声も全てが遠くに感じられた時
昨日よりもはっきりとした声が1度だけ
 頭の上から聞こえた

”マッダプラー”か”ダッタムラー”
”マッダムラー”かもしれない
それが一回だけ
どういう意味なのか 誰が私になにを言いたいのか 
この意味を 私は早く知りたかった

翌朝 私のあいまいな発音に
2人のバリ人はいよいよ困っていたが
それは バリヒンズーの総本山であるブサキ寺院のこと
じゃないかと彼らは言った

ブサキ寺院は内陸部ウブドからさらに車で
1時間半かかる 後ろに霊山アグン山の姿を見ることが出来れば
ラッキーだ

彼らは私が何度もバリを訪れているにも関わらず
 1度もブサキに参拝に行ったことがないと知ると
 信じられないとゆうような顔で
”貴方の為に ブサキには行った方がいい”
という言い方をされた

それからの私は忙しかった
車をチャーターし参拝用の正装をし
その日の昼過ぎにウブドを出発した

季節的には雨期の始めだった為 
チャーターしたドライバーは
午後には山にすごいスコールがくる 運転が大変だから
早く帰ってきたほうがいい”
と かなりやる気のない様子だった

山道を行きブサキのエリアに入る入り口に祠があり
そこでは1度ドライバーも観光客も車から降りて
花を捧げて入山のお祈りをする
(現在ではその決まり事はなくなったようだ
 年々増加する観光客を迅速にさばくためか?)

それからさらに山道を登り続け 
目の前に広がった黒い石の寺院ブサキは
荘厳な美しさに満ちていた

たいして必要でもないがガイドが安く案内すると
いってきたのでお願いする 
(ここのガイドは悪質な人もいるので値段は要交渉)

寺院の1番高いところからの大パノラマを堪能し
 私はガイドに
私はここでぜひ瞑想したいのだがと言ってみたところ
ガイドが3つの神様の祠があるが
”ブラフマン、ヴィシュヌ、シヴァ”
の内のどこがいいか? と聞くので
私は上から祠を見下ろして考えた

1人の観光客もいないのはブラフマンの祠だけだったので
瞑想するなら人のいないところが良いと思い
ブラフマンの祠に案内してもらった

ガイドが参拝用の花を持ってくる間にあたりをみていたら
ブラフマンの祠の前に割れ門がありその両端に
日本で言えば狛犬 の様な物が2匹いた

”これは何だ?”と聞いたところ
 ”ガーディアンだ ブラフマンを
守護するものだ”と教えてくれた

”これは犬か?”
”違う ライオンだ”
”ライオン? ライオンなら知っているぞ 
シンハだ!”
”そうだ シンハだ 
インドでもバリでもライオンはシンハと言うんだ”

私はこんなところで発生した
 意味のある偶然の一致”シンクロニシティ”
に少し興奮した 
ユングいわくシンクロニシティは物事が
上手く転がっている時に多く発生するらしい

かなり短く感じたものの30分の瞑想を終えて
ドライバーの待つ駐車場に戻った

 ドライバーは”もう空は真っ黒だ 早く帰ろう”と
私をせかす

しかし信仰心の厚いバリ人のことなので
帰りにブサキのエリアから出るときも私たちは
花を手向けて祠に祈ることを欠かさなかった

再び 車に戻ってから10秒もしないうちに
まさしく ブサキのエリアから出るや否や スコールが来た

運転手は俺達はラッキーだと言い 
山を降り ウブドに近付いたら 
もうすっかり晴れていたのでまたすこぶるご機嫌になり
 私が聞いてもいないことをあれこれ話し出した

”日本人は良いお客さんだがウブドに長期滞在している
日本人女性はキライだ” とか
”ある有名な日本人女性はバリの男をとっかえひっかえして
たくさんのお金を巻き上げられてる
 日本人をナンパするのはジゴロだから
彼女もエイズにかかっている 
それでも日本に帰らないのは彼女が
ジゴロにブラックマジックをかけられているからなんだ” とか

”それホントの話なの?”と聞いたところ
”ブラックマジックにかかった人は眼をみればわかる
 普通の生活が出来なくなるような人もいるが
 一見普通でも眼が 変なんだ”
と言っていた

確かに来る度にバリの男のタチの悪さと
しつこいナンパにはイライラさせられるが 
人と争う事に慣れていない日本人女性が
ズルズルと関係を持ち 貢がされ 捨てられるなどという例は
実際山ほどあった

バリの男達は言う”日本のオンナノコお金たくさん持ってても
みんな寂しいみたいね 僕たちは寂しくはないけど
お金たくさんない ギブアンドテイクよ”
 と悪びれもしない

日本人も ”NO”なら”NO”とハッキリ言っちゃえばいい
言うなりになってるとなめられるが
自分を主張できれは対等と見なされる
 
バリ人は争い事が基本的に苦手なのですぐ
仲直りしようとするし 
うっかりブラックマジックでもかけられない
限り後をひくことはない

そしてそのブラックマジックだが
外国人には効かないという説も
あるが やはり長く滞在しバリの空気になじんでしまった
長期滞在者などはかかりやすくなるらしい

そういう力を信じる信じないに関わらず

下界はすっかりいつもの 強い陽光に照らされ
さっきまでの山のスコールが嘘の様な天気だ
はるかに緑の田園風景が見渡せる私たちのコテージに着いたとき
私のいつも座っているベランダのバンブーチェアーに知らない
女の子が座っていた

”あれ?”と思っていると友達が出てきてその子の紹介をした
”あ この子 A子ちゃん さっきあたし1人でその辺歩いてたら
話しかけられたの 友達になっちゃった”

 私はと言えば30分後のシャトルバスに乗りクタに移動しなければ
ならなかったので1人ウブドに残る友達に頼れる人が出来たのは
タイミングがいいと思いながら移動の支度をした

その子の話ではもう半年以上バリに住んでる 本当はクタとか
にぎやかな所の方が好きなのだが結婚したい男がウブドにいる
とにかくバリに住むためにバリの男と結婚したい
この辺の男の子達とは全員つきあったことがある 云々と

こっちが聞いているかいないかはお構いなく矢継ぎ早に
しゃべり続ける 
その子の落ち着きのない話しぶりに
違和感を感じて別れの挨拶の時にまじまじと顔を見た

彼女のうつろな 薄い白い膜の張った眼を見たとき
あのドライバーの言っていた事を思い出した

”ウブドにはジゴロにブラックマジックをかけられた日本女性がいる”
私はなんとかドライバーの名前を思い出し彼女に訪ねてみた

”知ってるよ 言い寄られて少しの間つきあったことある”
 そう言った彼女の眼は
やっぱりどこも見ていない様な うつろな色だった

それにしても私がドライバーにその話を聞いていた
まさしくその時間に
ウブドで私の友達が当の本人と出会っていたとは
これはどうも歓迎出来るシンクロニシティーではないな
と思いながらも
私は1人クタ行きのバスに乗った

私より1ヶ月長くバリに滞在した友達に帰国後
 気になっていた
その女の子のことを聞いてみた

彼女いわく
”途中からやっぱり、、、
この子おかしいなって感じ始めちゃって、、、、
あの子から逃げるために1人でロンボク島に
行っちゃったんだよね
それからは知らない どうしてるんだろうね 
まだ あの島で結婚してくれる人 探してるのかな”

バリでは日本人妻のお金で家や土産物屋を建てるのがステイタスに
なっている ただ別れたときは全ての資産はバリ人の夫の物になる
バリでは”日本人女性が1人泣く度に1つビルが建つ”とまで
言われている

日本で地道にOLをしている様な人が簡単に全財産をなげうってまで
バリに住もうとする
これこそバリマジックと言えるんじゃないだろうか





< 山の呪術師 >

ウブドから車で20分くらいのところに有名なバリアンがいると聞いた
ほんの偶然が縁になり予言者として有名だとゆう白髪の老バリアンに
会うことができた

彼は神の声を聞くために瞑想を欠かさないと言っていた

瞑想は生きている限り常に騒がしい自らのエゴを最小限に小さく
するためのとても合理的な方法なのだそうだ

”予言が出来るときいたのですが”と恐る恐る尋ねると
”できるとも バリアンは大事な儀式の日取りを決めるのも仕事だ
それにはいつ晴れるか いつ雨が降るかを知っていなくてはならない”

老バリアンは言った”あなた達日本人は知識も情報も非常に豊富だ
だがそれは知恵ではない
 日本人が先のことを知るのは難しいと思うのは
大変大きいエゴを通して世界を見てしまうからだ
 私たちは余分な知識 や情報を通さないクリアーな自我で
世界を認識しようとする
その時初めて世界はありのままの様相を表してくれるだろう”

 ずっと前にタイの瞑想寺院のお坊さんに言われた
”自分の人生を豊かにしない知識や情報なら知恵とは言わないのだ”
とゆう言葉とはからずも同じ事を言われたことを思い出した

 ”未来の何を知りたいんだ”と問われたので
私は友達がいつ結婚できるかと
いうことを心配していると伝えた

”あなたにとって都合のいい人がすなわちいい人ではない
それが分からないとあなたは失敗してしまうだろう”
”人を見分ける眼さえできれば26の歳に結婚出来る”

そう言われたのはもう2年近く前の事になるが
彼女は今26歳
まさしく運命的な出会いで結ばれた
これ以上はない程価値観の似たペルー帰りの彼氏に
”一緒にペルーに住んでくれないか”というプロポーズを
この間されたばかりだ

この彼氏との出会いの前に彼女は上高地の山で出会った
霊感の強いおじさまに”お前はペルーに縁が出来る
 ペルーにお前は呼ばれているぞ”と言われていた

その話は私も聞いて知っていたので 
その後ある友人の紹介で出会った彼氏が
実は以前ペルーに住んでいて
 今2人でペルー行きのお金を貯めているんだと
聞かされた時は本当に驚いたものだ

何て見事なシンクロニシティー!
彼女の運命は良い方向に回っているに違いない




バリがどんどん観光地化していったとしても
バリ人の信仰心や あの空気の濃さがある限り

私にとっては 神秘的で絢爛な 
豊穣と癒しの島なのだ






<トランス体験>


雨季の終わりの最高に暑く
湿度が高い時期の渡バリ
何十回目になるのか正確に覚えていないけれど
大好きなタイランドと同じくらい通っているのは確か
しかもここ4年は正確に6ヶ月ごとに通っている
その理由は私の"不思議ハンター"としての血が騒ぐからだ



4年前にバリに来てウブドの安宿で、当時大学教授だった同好の士
アメリカ人の不思議ハンター、リーオンに出会った
彼は聖者がいると聞けばインドに
有名なヒーラーがいると聞けばヨーロッパに
予言が当たる呪術師がいると聞けばインドネシアに来るような
優雅な趣味人だった


そんな彼は初めての渡バリですっかりバリ・ファンになっていた

"バリはスペシャルだ、いろんな国に行ったが
この国の人たちの神々に捧げる情熱の深さは音楽や絵画、演劇や舞踏
芸術の全てに溢れている、彼らの日常は大変劇場的だ
Y子(私のこと)はトランスを見たか?
私にはあれは自己暗示、ヒステリー、
その他の病理に属するものとは到底思えない
中にはもちろんそうした事もあるだろうが
その神がかりの後、聖なる存在として神託を受けるものがいる
予言が確実に当たっていたり、
人を救うカウンセラー、ヒーラーのような存在になるとしたら
一体それはその個人の潜在意識から出た
特別な能力や情報だったのか?
もしくはサムシング・グレート、
何か特別な存在からの情報の伝達のような物なのか?
心や意識の領域はまだまだ謎だらけなんだ
僕はこの領域を研究することが大好きなんだよ"


クタ・レギャンではなく内陸部ウブドにはまる人間には
彼のようなタイプが珍しくない
ヌガラに住む日本人妻から聞いた言葉
"不思議な事ってのは バリのように日常的に起きれば
もう不思議でも何でもないんですよ"

そして2年前の、このリーオンとの旅で
私はバリの不思議世界水先案内人
"バンリのワヤン・スタマ"に会うことになる




"バンリ"という観光客もめったに訪れない田舎には
喧騒の都市部から逃げてきたバリアン(呪術師)が多く住んでいる
ワヤンはその多くの呪術師達から信頼されているガイドだった

自らも呪術師になる為に修行をしているという彼は
徹底した菜食主義で瞑想を欠かさないという物静かな青年だった
彼のマントラに関する知識は相当なもので
放っておけば1時間でも唱え続けるのではないか
と思うくらいのものだった

信仰深いバリ人の中でもとりわけ彼は信仰心が厚く
宗教オタクのリーオンと対等に(しかも英語で)
話すので私は途中からついていけなくなった
リーオンと私の共通の見解は
"彼は田舎の1ガイドで終わる人間ではない"という事
事実この4年で彼はウブドでも有名なカリスマ・ガイドになっていたし
彼自身トランスに入ってインスピレーションを受けることも
しばしばあった
そんなワヤンのサイキックな力を頼りにして多くの
日本人が彼を訪れる事になる



3月に会ったワヤンはここ数年の修行の成果か
サイキックな力が確実にパワーアップしていた
2月にバリに行った私の友達の夢をコントロールして
バリの神様の夢を見せたらしいが
私がバリで見た夢の話も
私が"昨日、こういう夢を見た"と話す前に
見事に当ててみせた
しかも3回も!だ
いつのまにか何かの暗示をかけられていたのか?と思う程
涼しい顔で正確に当てて見せた


この力は何なのだろう?
この4年で彼は色々なものを手に入れてきた
仕事の成功、多くの顧客、目抜き通りの事務所
その為に引き換えにしたものも多かったのだろうが
なくした物と引き換えに彼は確実に
強大な力を手に入れたように見えた






3月のとある夜

ギャニアールの森の奥で大きなトランスのセレモニーがあるというので
ワヤンの主催でウブドから小さなツアーバスが出ることになった
参加者は日本人女性5人と日本人男性1人
フランス人のクリスティーンとワヤンとドライバー

ギャニアールの寺院のある森の中で私たちは
儀式が始まるのを待った
村中のお年寄りから子供から総出でこのセレモニーを
わくわくしながら待っている
寺院の脇には縁日のような出店もあり屋台もあり
私たち日本人にはどこか懐かしい夏祭りのような光景だった

いつもバリの夕暮れには"夏休みの最後の日"のような
悲しさが付きまとう
真夏の夕暮れ時の一面の青い光景が
徐々に濃紺に包まれる



森が真の闇に包まれる前に
バレガンジュールの楽団の行進が始まった
森に響き渡るガムランの音に森の中の空気が一変する
行進に続く村人達
巨大な聖獣バロンがまるで生き物のように
うねり歩く


"感じるか?"

隣にいたワヤンがそう言って目の前の巨木の上空を指差した

"スピリットが来ている"

私はその大きな木の梢がざわざわと波打つのを見ていた


(これも何かの暗示なのか?)
という考えが一瞬頭をかすめたものの
木々のざわめきがそのまま私の体に移ったかのような
ざわざわした皮膚感覚に私は困惑した


隣にいたはずのワヤンはゴム草履を脱ぎ捨てて
行進の人ごみに消えていった




日の落ちた暗い森に響くガムランの音

聖獣バロンと魔女ランダの乱舞

次々とトランスに入り
叫び、硬直する村人たち

老女の祈りの声が響き渡り

夢か現かわからなくなる
一瞬


その夢幻的な一瞬


全ては一瞬だった


それは十分な時間だったのだ

全てを理解するには




あらゆる情報の渦


あらゆる参列者の感情の渦
とりわけ私の知っている周囲の人たちの
エゴや欲望や期待や依存
あらゆる感情が一点に向けられていた



私は自分の精神の高揚を止められなくなっていた


私の隣にいる今日はじめて会ったばかりの人
ウブドに住んでいるという
名前も知らない日本人女性
彼女が隠していた事だったのに
この女性の素性がわかってしまった



"貴方は  、、、、、さんですよね"

と言ってしまった後で
言ってしまった事に後悔した


"なぜ私の名前を?ワヤンかドライバーが
貴方に何か言ったの?"

困惑している彼女に
私も同じくらい困惑しながら

"いいえ、誰からも何も聞いてません
ただの、、、、インスピレーションです"

そう答えたまま沈黙した




その不可思議な皮膚感覚と興奮はその夜
ウブドに帰ってようやく夜明けに寝付くまで続いていた


2時間待っても帰らないワヤンを探して
皆が懸命に彼を探している時でも
私の妙にハイな感覚はおさまらなかった
自分では気が付かなかったがやたらとにこにこしていたらしい
帰らないワヤンを心配する気も起きなかった

むしろ
邪魔をしないでやってくれ
きっと彼も完全な歓喜と自由の中で
魂の平穏を感じているんだろうから

そう思っていた


2時間後、ウブドに住んでいる女性に
発見されたワヤンは
まだ完全に意識が戻ってきていないようで
皆が英語や日本語、インドネシア語で話し掛ける事が
理解できていず
しばらく誰にも理解できないバリ語で何かを喋っていたが

"トランスに入った後の事は何も覚えていない"
という事だった

本当ならば彼はもっとゆっくりと時間をかけて
こちら側に帰ってくることが必要だったと思うけれど
ガイドとしての仕事をまっとうする為に
私たちを連れて寺院の儀式に参列した




お香の煙で花々を清め
花を捧げて祈る

僧侶の清めの聖水を受け
聖水を飲む

寺院を埋め尽くす色とりどりの正装のバリ人達
この島の儀式の美しさにはいつも感動する



フランス人のクリスティーンはこの寺院で
とても熱心に祈りをあげていた
後で聞くと"私も軽いトランスに入っていた"らしい
"祈る"という行為に対する集中力は
宗教心のない日本人よりも彼らのような
筋金入りのカトリック信者たちの方がはるかに強い

クリスティーンも感動していた
"西洋の合理主義では割り切れないものを
東洋の宗教は受け止めてくれる
この島の宗教はほんとうに美しい"

同感だった
2人で手を握り合って今夜の感動をかみしめた
私たちは夢幻のような夜が日常であるバリ人を
うらやましいと思っていた


劇場的日常を生きるバリ人は
やすやすとトランスに入り込み
非日常の時空間に入り込む

彼らの体に流れる"神様狂いの血"の濃さに圧倒される夜だった





4年前にワヤンに聞いたことがある
"バリ人のトランスは例えば、、、、バリのどこにでも生えてる
キノコ(マジック・マッシュルーム)とかの作用ではないのか?"と

(一応バリの法律でも違法になっているものの
そこらじゅうに自生しているので取り締まりきれないのが現状
日本でいえば"未成年はタバコを吸ってはいけない"
という位のザル法だがワイロ目当ての警察が
むきになって取り締まることもあるのでやっぱり違法なのです)


私の問いかけにワヤンは
"それは本当のトランスではない"と言い切った


"本当のトランスは意識以外の何者も必要としない
最も深いトランスは意識すらも必要としない
そうしたものでこちらからあちら側を目指すのは
本当のトランスではないんだ"と

バリ語でトランスを意味する言葉は
"来る"という意味なのだそうだ
本当のトランスはこちらからあちら側に向かおうとする力よりも
圧倒的に強力な力があちら側から
"来る"のだという



きっとその感覚は"死"に似ている

圧倒的な力でそれはやってくる
絶対的な自由と歓喜
エゴの全てを手放した後の
真っ白な法悦

"死"が非日常である日本においては
"トランス"という感覚も馴染みがないものなのだろう

この島の人たちは儀式をもって常に
この世の森羅万象を見据えている
神や悪魔
聖霊と悪霊
善と悪
生と死を

その絶妙なバランスの上にこの世界が
成り立っている事を知っている


"人間は100パーセント善にはなれない"という
認識の元に自分にも他人にも寛容な独特の宗教の中で
彼らは生きている


"ジーザス以外は神にあらず"
という西洋人たちよりも
よほど平和な世界を生きている人達だと私は思う
私たちは100パーセント正しい存在では到底ありえないのだから
他のどんな人も
どんな国も
裁く必要などないのだ



"死"が圧倒的な力で私をさらうまで
"この世のあらゆるものを見たい"と思う私の
不思議ハンティングはまだまだ
続くだろう





  バリ島編 END




宇宙